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30歳錦織圭、東京五輪は集大成/新春インタビュー


東京オリンピック(五輪)開幕まで、6日でちょうど200日。節目に、男子テニス界のエース、錦織圭(日清食品)の新春インタビューをお届けします。

19年12月29日に30歳となり、円熟味が増すスター。出場すれば4度目となる集大成の五輪も見すえ、昨年10月に右ひじの手術に踏み切った。20年滑り出しの全豪は欠場だが、すでに通常の球を打っており、回復は順調。9年ぶりに新コーチを迎え、心身ともに心機一転した錦織が、2大会連続のメダルに挑む。【取材・構成=吉松忠弘】

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この数年、錦織は必ずインタビューの冒頭で“かまし”続けている。今回も絶好調、いや“絶口調”だ。最初に、ひと目でやせたと感じたため、直球でぶつけた。その答えが次の通りだ。

錦織 15キロもやせた。

体重は公称74キロなので、15キロやせると50キロ台である。そりゃ、大変だ。少し心配になる。

錦織 うそです。

またか-。ただ、やせたのは事実らしい。

錦織 (昨年の右ひじの)手術後、体調を崩して、食事をとれない時期があった。これからは食べますよ。このケーキも。

少し遅れたが、誕生日のお祝いに持参したケーキを指さした。

右ひじの故障は、関節部の遊離体が神経を圧迫する、いわゆる「関節ネズミ」だった。19年10月22日に、八王子の専門クリニックで内視鏡による手術を行い、11月中旬から、スポンジ球で打ち始めた。

錦織 回復は順調。ただ、絶対に無理はしたくない。もうちょっと長く(復帰後もプレー)したいので。ひじに負荷のかからないフォームに変える。特にサーブは変わると思う。

また、11年から指導を受けてきたダンテ・ボティーニ氏とコーチ契約を円満解消。新たにマックス・ミルヌイ・コーチの指導を受ける。

錦織 昨年の夏ぐらいから、新しい意見を取り入れたいと。もうワンステップ(上に)いきたいと思っていて、ミルヌイほど(うまく)できないかもしれないが、サーブやネットを学ぼうと思った。

現役時代のミルヌイ・コーチは、パワフルなサーブやネットプレーから愛称“ビースト(野獣)”。

錦織 まじめで、テニスに対して、とても一生懸命。ジュニアの望月慎太郎も少し見ていて、彼のコーチから、ミルヌイの良い情報も入ってきた。

右ひじの手術は10年ぶりで、新コーチは9年ぶり。全てが新しくなって東京での五輪を迎える。

錦織 リオで、五輪に対する気持ちは大きく変わった。自分だけじゃなくて、喜んでくれる人のためにプレーするのもいいんじゃないかと。まわりの日本選手の活躍から、モチベーションをもらった。

30歳になった。衰えは感じないが、五輪は、さすがに最後だと思っている。

錦織 集大成という意味でも、自分の国でやるのは違う。いいところを見せたいと思っちゃうが、その気持ちをどれだけ抑えられるか。体的には、25歳の時と同じ感じだけど、気持ち的には、その時よりも“ケツ”が見えているのは、少し怖いかなと思う。

日本のエースは、決意を持って「集大成」という200日後の五輪に向かう。

<錦織が選んだ五輪ベスト3試合>

(1)08年北京五輪1回戦、対シュットラー(ドイツ)

VTR 推薦枠で五輪初出場。格上に4-6、0-5まで追い込まれるが、そこから第2セットを逆転。ただ、最終セットは力尽きた。

思い出 今までで一番、緊張した。味わったことがないほど体が重くなった。五輪はこんなに緊張するんだと感じた試合だった。

(2)16年リオデジャネイロ五輪準々決勝、対モンフィス(フランス)

VTR 2時間53分の激闘。最終セットのタイブレークで3本連続のマッチポイントをはね返す、奇跡の逆転だった。

思い出 負けてた。この試合はよくYouTubeで見返す。メダルや優勝には、ぎりぎりの試合を紙一重で切り抜けていく教訓にしている。

(3)16年リオデジャネイロ五輪3位決定戦、対ナダル(スペイン)

VTR 第2セット5-2から逆転され最終セットへ。それでも96年ぶりの日本テニス界のメダル獲得へ、フルセットで振り切った。

思い出 9対1ぐらいで、途中までねじ伏せていた。ただ、そこから逆転してきたナダルは本当に怖かった。それに打ち勝てた自分の強さがみえた試合だった。


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